設計者の発言: 職業選択と「不快感」
「好き」ではなく「不快」と感じられる分野ほど向いている職業という話。

自分ではソースの美しさに関しては不快と感じられる。しかし、自分は設計書の美しさには「不快」とは感じられないようで、設計書のレビュー時、先輩からは厳しく指摘されるしそれらは自分では気付かない驚くものばかりだ。

リンク先では不快感を身に付ける方法は書かれていない(個人の資質?)。わたしの考える不快感を身につける方法は、ソースは「不快」、設計書は「不快とならない」という事象から、やはり経験なのではないかと思う。若いころからソースいじりをしてきているし「美しいソース」は見る機会は多々あった。これらの過去に見たソースが自分の今の審美眼を磨いた研磨剤になっているのだと思う。

だから自分が設計書に対して「不快」とはならいのは、まだ美しい設計書というものに未だにお目にかかったことがないことが原因なのかもしれない。(また、ただ単に資質がないのかもしれない)。

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